契約


夢に魘されて飛び起きる。このところ毎日だ。
繰り返し見る、同じ夢。

深く溜息を吐く。
夢だ。単なる夢だ。忘れてしまえ。

肩を揺すられ、我は目覚めた。
「どうした、シャナ」
不意に声をかけられて顔を上げれば、ユッシがそこにいた。
知らず身を堅くする。
「ああ・・・・ユッシ」
声をかけられるまで気がつかなかった。
我ながら迂闊だ。
「大丈夫なのか?ひどくうなされていたが」
「ああ・・・大丈夫だ」
「・・・また、カイルの夢でも見たのか?」
その口調がいかにも心配げで、思わず苦笑する。
「いや・・・・・・まあ、似たようなものか・・・」
口元で笑いが凍り付く。
目を閉じて、深く溜息を吐く。

夢だ。ただの。

目を開ければ、ユッシが眉をひそめてこちらを見ていた。
思わず苦笑が浮かぶ。
「大丈夫だ。・・・済まぬ、心配をかけた」
「いや、それは構わない」
ひどくあがいていたのだろう。脂汗と冷や汗でじっとりする。
「着替えてきても良いか」
「ああ」
着替えを取って奥へ。
シャワーを浴びたいところだが、あいにくログハウスにはない。
手早く着替えると、髪をいつものように束ねて室内へ戻る。
「失礼した」
ベッドに腰掛ける。
「・・・だいぶ夢見が悪そうだな。顔色が悪い」
「それほど悪いか?」
鏡を覗き込む。確かにひどい顔色だ。
「どこか調子が悪いのか?この間の俺の件で・・・」
「いや。それはない」
済まなそうに告げるユッシの言葉を遮る。
「あの時の影響はもうない。封印も元に戻したし、力も戻ってきている」
「それならばよいが・・・」
「・・・夢見が悪いのは確かだな・・・」
「・・・」
溜息を吐く。
「・・・もしよかったら、話してくれないか?」
「うん?何を、ユッシ」
「その、俺によく似た男の話だ」
「・・・カイルのか」
「・・・シャナが話したくないなら、話さなくても構わない」
「いや、構わぬよ」
目を閉じる。
いつだって、最初に思い出すのは彼の死に顔だ。
だが、つらいだけではなかったはずだ。
いつのまにか、つらいだけの記憶に摩り替えて封印してしまった記憶を辿りながら、口を開いた。
「我がカイルと逢うたのは、戦場だった。互いに傭兵として雇われた者だった。奴は不愛想で人を寄せ付けようとしなかった。だが戦場での働きは目覚しいものがあった。見事な戦士だった」
「・・・」
ちらと視線を遣ると、ユッシは真剣な眼差しでこちらを見ていた。
そのまっすぐな視線に、まるで心まで見透かされたかのような錯覚を受ける。
視線を逸らし、話を続ける。
「戦いはじきに終わり、用済みとなった傭兵はそのまま解雇され、我もカイルも互いの名も知らぬまま散り散りとなった。
 次に逢うたのは1年後、奴はキャラバンの傭兵に収まっていた。
 奴も我を覚えていたようで、職を失っていた我を隊に引き込んでくれた。
 酔うと普段とはまるで違う陽気な声で無謀な夢を口にする奴だった。
 キャラバンとの契約が切れた後も、我らは組んで仕事をした」
「・・・」
視線を感じて目を閉じる。
「共によき相棒として、認め合っていた。・・・我がそれまで生きてきた中では、最高の相棒で・・・恋人でもあった。・・・些細な諍いを起こすまでは。・・・あとは、先日話した通りだ」
「・・・」
顔を上げる勇気がなかった。
目を閉じたまま、深く溜息を吐いた。
「・・・」
視線の威圧が消える。目を開ければ、ユッシは床に視線を落としたまま、黙り込んでいた。
「・・・済まぬ、つまらぬ話を聞かせたな」
「いや・・・そんなことはない。・・・つらい話をさせた。すまん」
「・・・もう、はるか昔のことだ。・・・それに、そなたとなら、最高の相棒になれると思うのだがな・・・」
「・・・」
「・・・そなたがどう思うていようと、我にとってそなたは大事な存在だ。・・・喪いたくはない」
「・・・」
「・・・我の手で殺めるようなことにだけは・・・してくれるな・・・」

夢の内容が鮮明に蘇える。

羽根を広げた己の足元に横たわる、ユッシの死体。
血に濡れた剣を握る、己の姿。

知らず、唇を噛み締める。

「俺にとってもおまえは大事な存在だ。・・・おまえを悲しませるようなことはしたくない。・・・だが・・・」
「・・・そなたとやりあうことだけはもう二度とあるまい・・・」
「・・・」
「・・・」
たとえ、そうなったとしても、自分から刃を向けることだけは、しないだろう。
同じ過ちを繰り返さぬ為に。
「俺は世界中の洗浄を渡り歩いてきた。これからもそうするつもりだ。・・・・いつかおまえと対立することもあるだろう・・・」
「・・・嫌だ」
思わず本音が口を衝いて出る。
「・・・」
「・・・そなたを喪うことも、そなたとやりあうことも・・・・そなたを見失うことも・・・・嫌だ・・・」
「・・・」
ユッシが怪訝そうな顔をする。
「・・・・?俺についてくるとでも言うつもりか?シャナ」
「・・・行けるなら行く」
迷いはない。真っ直ぐユッシを見つめて答える。
逡巡の後、ユッシは口を開いた。
「・・俺について来てくれると言うなら・・・来てくれるのは嬉しい・・・・だが、俺は・・・」
「・・・カイルを殺した時から、短命な種族とは関わりを持たぬよう過ごしてきた。・・・それなのに・・・」
「・・・」
「・・・もう二度と・・・後悔はしたくない」
「・・・俺にも寿命はある。だがあと100年はあるだろう。その時間を、おまえと一緒にいよう、シャナ」
いつもと変わらぬ口調。だが、その言葉の意味が自分を包む。全身の血が泡立った。
「私も・・・その時間をおまえと共に歩もう、ユッシ」
「・・・」
「私は時の狭間を生きる者・・・どこまでもついていくさ」
自然に微笑みが浮かぶ。
「では・・・契約をせねばならぬが・・・よいか?ユッシ」
「契約・・・?何だ、それは」
「私は契約により縛られる者。・・・おまえと同じ時間を歩む為には必要なことだ、ユッシ」
「ふむ・・・ならば契約しよう。・・・どうすればいい?」
「左手を・・・」
ユッシが左手を差し出す。その甲に自分の手のひらを載せた。
「では・・・『そなたの寿命が尽きるまで、我はそなたと共にあらん・・・・ユッシ・コスケンニエミ』」
契約の印が己の掌に刻まれたのを感じる。
手を離す。ユッシの手の甲にもまた、同じ紋章が刻まれている。普通の者には見えない契約の印だ。
契約がなければ、いつ何時他の者に呼ばれるか分からない。それを防ぐ為の契約だ。
「これでよい。契約は完了した」
笑みを浮かべる。
「ああ。・・・そうだな」
ユッシが微笑みを呉れる。
表に出てカウンタで杯を交わす。

ユッシの妙に思いつめた態度が気にかかりはするが・・・
心配することはあるまい・・・
もう、悪い夢を見ることもないだろう・・・


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Since 2000/05/06
Update 2002/09/14
written by アイラン=リウフェン[学籍番号H152471]
シャナ=D−シャーナ